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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)14197号 判決 1989年9月14日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、原告から金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録第二記載の建物を収去し、同目録第一記載の土地を明け渡せ。

2  被告は原告に対し、昭和六二年一一月二四日から右明渡済みに至るまで一箇月金一〇六、四〇〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡平林義也は、昭和四一年三月一日、被告に対し、その所有する別紙物件目録第一記載の土地(以下「本件土地」という。)を、木造普通建物所有目的、期間二〇年、賃料一箇月金三、〇八八円で賃貸し、これを引き渡した(以下これを「本件賃貸借契約」という。)。

2  原告は、昭和六〇年二月一一日、相続により、本件土地を取得し、本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した。

3  被告は、本件土地上に、別紙物件目録第二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、本件土地を占有している。

4  本件土地の昭和六二年一一月二四日以降の適正賃料は、一箇月金一〇六、四〇〇円である。

5  よって、原告は被告に対し、本件賃貸借契約の期間満了(昭和六一年二月末日)による終了を理由に、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことと、昭和六二年一一月二四日から右明渡済みに至るまで、一箇月金一〇六、四〇〇円の割合による賃料相当損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3は認める。同4は否認する。

三  抗弁

被告は、本件賃貸借契約の期間満了の際、本件建物を所有して本件土地の使用を継続していた。

四  抗弁に対する認否

認める。

五  再抗弁

1  原告は被告に対し、被告の本件土地の使用継続について、本件賃貸借契約の期間満了後、直ちに口頭で異議を述べ、更に、昭和六一年五月一六日到達の内容証明郵便で異議を述べた。

2  右異議には、左記のとおり正当事由がある。

一  原告の自己使用の必要性

<1>  本件土地及びその周辺地域は、JR大森駅東口から徒歩二分の至近距離に位置し、付近一帯は、続々と高層ビル化されており、地域社会の発展のため、土地の高度利用による再開発が強く期待されている地域である。

<2>  ところで、本件土地の西側の隣接地である大田区大森北一丁目一番八の宅地(三八五・二五平方メートル)及び同所一番二の宅地(三六九・七平方メートル)(以下この二筆を「西側隣接地」という。)は、原告、原告の母及び原告の兄の共有であり、北ないし北西側の隣接地である同所一番一〇、一番一一、一番一五及び一番一六の宅地(面積合計六五二・八八平方メートル。以下これらの土地を「北側隣接地」という。)は、原告の母が代表取締役をし、原告が取締役をしている訴外大東興業株式会社(以下「訴外大東興業」という。)の所有である。

そして、西側隣接地上の建物(木造二階建の倉庫、休憩室及び事務室)、本件建物及び北側隣接地上の同社ビル(以下「大東ビル」という。)がいずれも老朽化していることから、原告は、かねてから、大東ビルその他全ての建物を取り壊し、本件土地及び右各隣接地全部を敷地とした大商業ビルの建築計画を有し、昭和五八年六月には、地下一階地上九階建の商業ビルの設計図も作成している。

さらに、本件土地は、幅員二〇メートルの公道に面しており、右建築計画に不可欠のものであり、本件土地についての原告の自己使用の必要性は、極めて大きい。

なお、その後、原告は、右建築計画を変更し、とりあえず、大東ビルの増築を開始し、次いで、本件土地の明渡しがされ次第、本件土地部分をも含めて大東ビルの増改築をする予定である。

<3>  原告は、母、兄とともに、更新の拒絶をした当時は、西側隣接地の賃借人である訴外志村祐次郎(以下「訴外志村」という。)との間で、同人の賃借権を買い取ることについて基本的な合意を得ており、その後、昭和六二年六月末日和解が成立し、本件土地の明渡しがあれば、直ちに右計画の実行が可能な状態にある。

<4>  一方、被告は、本件建物に居住しておらず、本件建物は、現実には使用されないまま、空き家の状態にある。また、被告は、本件建物をビルに建て替えて、右靖彦の公認会計士事務所として使用したい意向のようであるが、右靖彦は、既に近くにビルを所有し、公認会計士事務所を開業中であり、本件土地上に、地域の再開発に逆行するような小さなビルを建てなければならない必要性に乏しい。

二  被告の背信行為

被告の夫の亡嶋田清吉は、原告の祖父亡平林高治及び原告の父である亡平林義也を欺もうし、同人ら所有の土地の借地権の譲渡を次々と受けてきており、本件賃貸借契約の締結もその一環である。すなわち、

<1>  右清吉は、昭和二一年三月、亡高治から大田区山王三丁目二九番二の土地を賃借していたが、これを無断で訴外小松三二に譲渡した。

<2>  亡義也の所有地(訴外釣巻某に賃貸していた土地)上に無断で二階建のバラックを建築し居座った。

<3>  その後、亡義也が、右土地を他へ売却するに際し、右バラックの撤去を申し入れたところ、右清吉から法外な立退料を要求され、金八四、〇〇〇、〇〇〇円の支払を余儀なくされた。

<4>  本件賃貸借契約も、亡義也が本件土地を巡る大がかりな詐欺事件に巻き込まれた際のどさくさに乗じて締結されたものである。

三  立退料の提供

原告は、正当事由の補完として、金四億円あるいは裁判所が認める相当額を立退料として支払う用意がある。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1については、口頭で異議を述べた点は否認し、その余は認める。

再抗弁2の一については、<1>は認める。同<2>のうち、前段は認める。中段は不知。ただし、被告所有の建物が朽廃している点は否認する。後段のうち本件土地が公道に面している点は認め、その余は否認する。なお書部分は不知。<3>は不知。ただし、原告の建築計画が、本件土地を明け渡せば直ちに実行可能な状態である点は、否認する。<4>のうち、被告が本件建物に居住していないこと、靖彦がビルを所有しており同所で公認会計事務所を開業中であることは認め、その余は否認する。なお、被告は、本件建物をビルに建て替える計画を有している。

再抗弁2の二については、<1>のうち、亡清吉が山王三丁目二九番二の土地を賃借していたことは認め、その余は否認する。<2>ないし<4>は否認する。

七  正当事由についての被告の主張

本件賃貸借契約の期間満了後の原告の異議については、次のとおり正当事由がないので、本件賃貸借契約は、法定更新されている。

1  原告の自己使用の必要性について

<1>原告は、本件土地以外にも、自己の居住用のマンションのほか、広大な土地を所有し、多くの貸しビルや賃貸マンション等を有して営利活動を行っており、本件土地も新たな商業ビル建築のために使用しようとするものであり、被告の使用を排除してまでここを使用しなければならない必要性はない。

<2>原告の本件土地を利用した商業ビルの建築は、既存の大東ビルの増改築を行う方法を採るものであるが、右ビルには現在多数の借家人がおり、増改築のため彼らの立退を実現することは、当面は非常に困難であり、また、西側隣接地の賃借人である訴外志村から賃借権を買い取ったのは、昭和六二年六月二九日になってであって、いずれにしろ、原告の異議の時点では、原告の商業ビルの建築計画は、現実に実現可能な状態にはなかった。

<3>原告は、右建築計画の実行として、まず既存の大東ビルの増築を行い、次いで、本件土地の返還を受けた後、本件土地部分を含めて大東ビルの増改築を行うことを考えているようであるが、大東ビルは、幅員の広い公道に面しており、大東ビルの敷地面積だけでも容積率を最大限に利用して、有効利用を図ることができるから、更に本件土地を取り込んでビルを建てなければならない事情はない。

<4>大東ビルが建築されたのは昭和四一年であるので、残存耐用年数は十分あり、老朽化もしておらず、貸しビルとして未だ十分使用価値を有するビルを無理して取り壊さなければならない理由はない。

2  被告の自己使用の必要性について

<1>被告は、昭和五七年暮、本件土地にビルを建築する計画を具体化し、翌年、亡義也に了解を求めたところ、同人より、本件土地及びその隣接地に共同ビルを建築したいのでこれに協力してほしい旨の懇請を受けたため、右共同ビル建築計画の推移を見守ることにした。その後、昭和六〇年二月、亡義也が死亡し、その相続人らから大幅な賃料の値上げを求められたので、従来の関係を維持できなくなった。そのため、被告は、当初の予定どおり、単独でビルの建築の計画を推進することとし、右相続人らと交渉を再開したが、話合いがつかないまま本件賃貸借契約の期間満了を迎えた。

<2>被告は、本件土地上に建築するビルを、同人の長男嶋田靖彦の公認会計士事務所として利用することを考えている。

なお、靖彦は、既に他に公認会計事務所を所有しているが、この事務所は、大森駅から遠く、事務所としての利便性が本件土地と比べて圧倒的に悪く、また、手狭になっており、新たな事務所が必要である。そして、被告の夫と靖彦は、二代にわたり地元大森において会計士事務所を経営し、顧客層も地元が多いため、新事務所は、大森駅前でなければならず、本件土地以外に適当な場所はない。

<3> 本件建物は、現在、右靖彦の公認会計事務所の一部として使用されているほか、一階を訴外駿河食品株式会社の営業所ないし倉庫として使用されており、また、被告は、東京地方裁判所に対し、本件賃貸借契約を堅固な建物の所有を目的とするものに変更する旨の借地非訟の申立てを行い(昭和六二年借チ第五一号)、昭和六三年四月一四日、これを認容する決定が出されており、ビル建築計画が早期に実現できる態勢にある。

3  多額の権利金の授受について

被告は、昭和四一年の本件賃貸借契約の締結に伴い、賃貸人亡義也に対し、同年三月と一〇月の二回に分けて、当時の借地権価格に相当する合計金一二、五〇〇、〇〇〇円の権利金を支払っている。

八  正当事由に対する被告の主張に対する原告の認否

右被告の主張1は、全て否認する。なお、1の<3>については、原告の建築計画は、本件土地を取り込むことによって、幅員二〇メートルの大きな前面道路に接する間口が約二〇メートルとなり、大森駅の表玄関にふさわしい広いエントランスのある大きなビルの建築が可能になる。一方、被告の建築計画は、ビルの規模が小さく、事務所として使用できる面積も狭く、社会経済的にも著しい損失である。

右被告の主張2のうち、<1>は否認する。<2>は、被告が本件土地上にビルを建て、靖彦の公認会計事務所に使用するつもりであることは不知。その余は否認する。<3>は、借地非訟の申立てと決定の点は認め、その余は否認する。

右被告の主張は3は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1ないし3及び抗弁は、いずれも当事者間に争いがない。

二  再抗弁1のうち、被告の本件土地の使用継続に対し原告が内容証明郵便で異議を述べた点については、原告本人尋問の結果によりこれを認めることができる(なお、口頭での異議については、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。)。

三  更新拒絶における正当事由の存否(再抗弁2)

1  原告の自己使用の必要性

本件関係各証拠を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

一  本件土地の西側隣接地は、原告、原告の母及び原告の兄の共有であり、北側隣接地は、原告の母が代表取締役をし、原告が取締役をしている原告らの同族会社である訴外大東興業の所有地である。そして、本件土地及びその周辺地域は、JR大森駅東口から至近距離にあり、付近一帯は、続々と高層ビル化されており、地域社会の発展のため、土地の高度利用による再開発が強く期待されている地域である(この点は、当事者間に争いがない。再抗弁2の一の<1>)。

原告の父亡平林義也は、かねてから、本件土地とその隣接地の開発を企画していたが、昭和五八年六月、地下一階地上九階建の大商業ビルの建築計画を策定した。右計画は、義也と、西側隣接地の借地人である訴外志村及び本件土地の借地人である被告の夫清吉の三人が協力し、共同ビルを建築することを基本とするものであるが、具体的には、既存の大東ビルを取り壊して、北側隣接地をも含めた共同ビルを建築することを内容とするものや、大東ビルには手を付けず、本件土地と西側隣接地を中心に共同ビルを建築することを内容とするものなど、数種類の案が検討された。その後、清吉に対しては、右後者の案を内容とする訴外真柄建設株式会社作成の図面(<証拠>)が提示され、意見を求められたりしたが、結局、三者の意見が合わず、右計画は、行き詰まりとなった。

その後、昭和六〇年二月、義也が死亡し、右計画は、本件土地の相続人となった原告が承継することとなったが、その前後頃、訴外志村から西側隣接地の借地権を買い取ってほしい旨の申し出があったりしたことから、右計画は、次第に、義也ないし原告が、訴外志村及び被告から借地の返還を受けて、単独で商業ビルを建築することに変更されていった。

二  本件賃貸借契約の期間が満了する昭和六一年二月末日の時点では、原告は、訴外志村との間で、同人の借地権を買い取る方向で話合いが行われており、具体的な買取条件について交渉がされていたが、この買取が行われることを前提に、本件土地についても、被告から明渡しを受け、西側及び北側隣接地も含めた商業ビルを単独で建築することを計画していた。なお、本件土地の明渡しについては、本件土地が幅員二〇メートルの公道に面しており(この点は、当事者間に争いがない。)、大東ビルの敷地のみでは一二・四五メートルしか公道に接していないため、本件土地を取り込んではじめて、広いエントランスのあるスッキリした形の商業ビルの建築が可能になるため、右計画に不可欠なものとして原告も固執していたという事情がある。

三  その後、昭和六二年六月二九日、原告は、訴外志村との間で、同人の借地権を総額一八億円で買い取る旨の裁判所の調停が成立し、また、本件土地の明渡しについては、早期の解決が期待薄であったことから、多額の金員の出捐をしたまま土地を放置しておくわけにはいかないため、その頃、右計画を変更し、とりあえず、大東ビルの増築という形で西側隣接地上にビルの建築を行い(第一期工事)、次いで、本件土地の明渡しがされ次第、本件土地部分も含めて大東ビルの全面増改築を行う(第二期工事)こととした。

四  原告が、第一期工事を大東ビルの増改築という形にしたのは、大東ビルの敷地を一体的に利用することにより容積率が六〇〇パーセントとなり、大規模なビルの建築が可能になるからであるが、反面、既存の大東ビルを現行の建築規制に適合させるための工事や、現在の社会的需要にかなうための空調設備等の改修工事が必要になり、合計で六億円近い費用が必要となる。また、これらの工事が行われたとしても、いわゆるインテリジェントビルとしては極めて不十分なものにしかならないので、このような改修工事をするより、本件土地の明渡しを受けて、それを取り込んだ新規の大規模ビルを建築する方が原告にとって、利益が大きいという状況にある。

五  大東ビルには、現在多数の借家人がおり、増改築のためには彼らの立退きを実現する必要があり、希望する借家人には再入居をしてもらう方針で交渉を進めている状況にあるが、少なくとも、更新拒絶の時点においては、大東ビルの取壊しのための借家人の立退きが早期に実現する見通しが立っているとは言い難い状況にあった。

以上の事実によると、原告において、更新拒絶の時点で、本件土地を自己使用することの必要性は、それが緊急を要するものではないとしても、肯定することができる。

2 被告の背信行為について(再抗弁2の二)

原告が主張する被告の背信行為は、いずれも本件賃貸借契約締結以前の出来事であり、しかも被告の夫の亡清吉の行為であって、具体性も乏しく、いずれにしろ、これらは、原告の更新拒絶の正当事由たり得るものでない。

3 被告の自己使用の必要性

本件関係各証拠を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

一  被告の夫亡清吉は、公認会計士の資格を有していたが、昭和四四年一二月一五日、亡義也の所有する大田区大森北一丁目一番二三の土地の賃借権の譲渡を受け、そこに公認会計士事務所を設け、仕事をしていたが、亡義也から明渡しの要求があり、昭和五〇年一二月一七日、即決和解により、ここを明け渡すことに合意した。一方、本件建物については、当初、被告らが住居として使用していたが、隣にビルが建築され、住宅に適さなくなったため、被告らは、ここを退去し、他に賃貸していたが、右一丁目一番二三の土地を明け渡してからは、本件土地にビルを建て、そこに公認会計士事務所を設けることを意図するようになった。清吉は、昭和五五年二月に死亡したが、息子の靖彦も公認会計士として父と共に働いていたので、その計画は靖彦の母親である被告が受け継ぎ、昭和五七年の暮、ビル建築計画を具体化し、翌年春に、亡義也にその了解を求めた。ところが、当時、亡義也も、前示のとおり共同ビルの建築計画を有していたため、被告は、当初は、右計画に協力する態度で臨んだが、右計画は進まず、そのうち、昭和六一年二月に義也が死亡し、相続人から大幅な賃料の増額請求があり、共同ビルの計画は実現不可能な情勢になった。そこで、被告は、当初の予定どおり、単独で本件土地にビルを建築する計画を推進することとし、右相続人らと交渉をしたが、話合いがつかないまま本件賃貸借契約の期間満了を迎えた。

二  被告は、本件土地上に、九階建のビルの建築を計画し(<証拠>)、そのうち三フロアーを長男の公認会計士事務所に使用する予定にしている。なお、靖彦は、既に他に五階建のビルを所有し、そこで公認会計士事務所を経営しているが、その事務所は手狭になっており、大森駅から至近距離の本件土地の方が利便性が良いので、事務所をここに移し、既存の事務所は、研修室ないし図書室として利用していく考えである。なお、清吉と靖彦は、二代にわたり地元大森において公認会計士事務所を経営し、顧客層も地元が多いため、新事務所は、大森駅前が望ましく、そうすると、現状では、本件土地以外に適当な場所は見当らない状況にある。

三  被告が計画しているビルは、延べ床面積が約七五〇平方メートルのものであり、一フロアー一テナントという形で賃貸すれば、トイレやエレベータホールも賃貸借契約の対象面積に入れることもできるので、小規模で効率の悪いビルであるとはいえない。

四  本件建物は、現在、靖彦の公認会計士事務所の一部として使用されているほか、一階を同人の知合いの経営する訴外駿河食品株式会社の営業所ないし倉庫として使用されており、いつでも取壊しが可能な状態にあり、また、被告は、東京地方裁判所に対し、本件賃貸借契約を堅固な建物の所有を目的とするものに変更する旨の借地非訟の申立てを行い(昭和六二年借チ第五一号)、同六三年四月一四日、これを認める決定が出されており(この点は、当事者間に争いがない。)、この決定に対し抗告がされている状況にある。

以上の事実によれば、更新拒絶の時点では、被告は、本件土地の自己使用の必要性があったと認められる。

4 使用継続に対する原告の異議に正当事由があるか

前示のとおり、本件土地については、原告、被告とも、自己使用の必要性が認められる。ところで、本件土地は、JR大森駅の東口から至近距離にあり、その有効利用すなわち高度利用による再開発は、原告はもとより地域社会の発展のためにも望ましいことではあるが、それが他人の利益と衝突する場合は、その再開発をどのような内容にしていくべきかは、関係者の利害の調整の観点から検討されるべきものである。

そこで、まず、原告の自己使用の必要性の内容を吟味してみると、本件土地がなければ原告の商業ビルの建築計画が不可能になるというようなものではなく、ビルの形が多少いびつになり、反対に、本件土地を利用したほうが公道に広く面するようになり、エントランスが広く、使い勝手の良いより立派なビルの建築が可能であるというものである。いずれにしろ、この地域の再開発に寄与し得る大規模な商業ビルを建築すること自体は可能なのである。

他方、被告の自己使用の必要性の内容を吟味すると、被告は、少なくとも昭和五八年頃から、本件土地にビルを建築することを意図して賃貸借関係を継続させてきており、本件土地を明け渡してしまえば、他に代替地が見当らないため、ビルを建築して公認会計士事務所に使用することは不可能になるのである。そして、被告の計画しているビルは、それが地域再開発の観点から大いに歓迎されるものであるかは疑問もなくはないが、再開発の支障になったり、それにそぐわないようなものでないこともまた明らかである。

被告の自己使用の必要性がこのようなものであるとすれば、原告が本件土地を利用できないことによって、地域の再開発が不可能になるとか、あるいは、それが、原告に多大の負担を生じさせ、そのような負担を負わせることが社会通念上適当でないと認められるような場合でない限り、本件賃貸借契約の更新拒絶に正当事由があると認めることはできないと言わざるを得ない。

そして、原告は、本件土地を利用できないことにより、ビル建築の設計を一部変更することを余儀なくされ、その結果、商業ビルとしての価値が一部減殺されることになろうが、そのような不利益を負わせることが、被告の必要性との対比において、社会通念上適当でないとも言えない。

そうであれば、原告の異議には、正当事由が認められないと言うべきである。

なお、原告は、正当事由を補完するために、四億円ないし裁判所が相当と認める立退料を支払う旨主張している。しかしながら、被告は、高額な立退料をもらっても、他に適当な代替地を取得することは困難な状況にあるのである。そうすると、立退料の提供は、正当事由の代わるものではなく、それを金銭的な面で補完するにすぎないものであるから、これにより原告の正当事由を補完することはできないと言わざるを得ない。

以上のとおり、結局のところ、原告の異議には正当事由が認められず、再抗弁2は、理由がない。

四  したがって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千葉勝美)

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